死に神 H11・2/11


 ガサガサと新聞を開く音の後、「90倍かよ!くるわけねえよな」同じベンチに座っていた男が言い足を組み替えた。大井競馬場の最終レースだった。私は男を見ないようにした。

 競馬場にきたら自分以外は全て死に神なんだと言った死んだ作家の言葉を思い出していた。
死に神にはとりつかれたくない。

 見下ろす電光掲示板で買った馬券のオッズを見る。110倍だ。
「ほんとだ。くるわけない」そう思いながら男も私も期待値は違うが来るはずだと思いこむ。

 レースが始まりそれぞれ自分の買った馬の騎手の帽子を追う。
4コーナーを回って直線に入ったとき「チッ」と言う声が男の口から漏れた。

 狙った馬はまだ逃げている。逃げ馬は足色衰える事なく1着でゴールした。しかし連複のもう一頭はいい足で差して来たが3着だった。二人とも立ち上がっていた。

 男が「きたぞ!やった。90万だ!絶対くると思ってたんだ!」と叫び赤い目で私を見てそして震える手で馬券を確かめ階段の方へ走り出した。
 
  私には男が死に神だったが男には私が死に神だったはずだ。
たまたま男が死に神に憑かれなかっただけさと思い汗ばんだ何枚かの馬券をコートのポケットに入れたまま薄暮の競馬場を後にした。

 死に神は今日もまたどこかの場で誰かの後ろに憑こうとしている。そしていつか背中を触ろうとしているのだ。

 たとえば夏の暑い日に前の席の女の子の背筋をペンでなぞりたくなるようなちょっとした好奇心のように。

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