Because it's there (H13・4/30

 例年より早く桜が咲き、そして早く散ってしまった丘の上の公園で葉桜を見ながら花見の宴会をしていた時の事だ。S君がまた鳥海山に登ると言う。今の時期だと雪があり雪渓を登ると夏の雪がない時期よりも沢などを回る手間が省け登頂の時間がかなり短縮されるらしい。

「また一人で行くのか?」と聞くと彼は「ええ」と答えた。登山に一人で行くより嫁さんもらう方に興味を持った方ががいいんじゃないのというのが私達回りの思いなのだが誰もそれは表だって口にしない。
S君は時々登山の写真を見せてくれる。ほとんど一人で登っているせいだろう。写真には撮影者であるためS君の姿はなく景色や山中に咲く珍しい花だったりする。この前も紫色のちょっと変わった花の写真を見せてくれたのだが座禅草と言うものだった。
坊さんが座禅を組んでいるように見えるのでそう言うらしい。
また八甲田山の樹氷の写真も見せてもらったが そこにはエビの尻尾と呼ばれる樹氷の姿が寒々と遠景で写っていた。

山の話で盛り上がっている中、私が登山の経験はなく鳥海山に登ったことがないと言うと隣で日本酒をコップに注いでいた同僚が「お前恥ずかしくないか!」と言う。

 秋田県ってどういうところですかと聞かれると自然が豊か、男鹿半島に鳥海山、田沢湖、世界遺産の白神山地という人がいるらしいが通称秋田富士と呼ばれる鳥海山は鳥海国定公園の主要部で、東北では二番目の高さの独立峰だ。高さは2236mあるが決して険しい山ではなく小学校でも毎年登山者を募集をしている。
 秋田県側から見ると 三角形に近い美しい山である。山形県の方から見ると形がまたかなり違って見える。

それに登ったことがないというのは地元民として恥ずかしいと同僚は言うのである。

「毎日通勤の途中に見えるだろ。あれに登ってみたいと思わないか!」 確かに通勤の途中で見える。私はそれに向かって進んでいくような感じで通勤している。
「登ったことはあるよ。五合目まで車で」と言ったら失笑され、誰かが「鳥海山に登らせる会を作ろう」と言い出した。8人ほどその場にいたのだが登ったことがないのは私だけだったので私のために会を作ってくれると言うのである。ありがたいことだが迷惑な話だ。

「じゃ帰りにヘリコプターを用意してくれるか?それだったらいい」と私は言った。
地元に住んでいても鳥海山に登ったことがない人はたくさんいるはずなのでまるで登ったことがないのは非国民みたいな事を言われるのは心外である。

「俺はね。富士山にも登ったことがあるんだよ。五合目までそれもバイクだけど」 「それは登山じゃないよ」誰かが言う。そんなことは当たり前だ。
8人いた中で少なくとも富士山の五合目まで行ったことのあるのは私だけだったので言ってみたのである。
そのうち話はどんどん進み日帰りにするか山荘で泊まりにするかなどと話は私を抜きにして進んでいくのであった。これは冗談ではない。風呂にも入らないで男同士でくっつき眠るというのはまっぴらごめんだ。

 そこで私は言った。
「どうせ行くんだったら男だけじゃつまらん。飲み屋の女の子も連れていこう」と言ったら一番女好きの男がこれまた日本酒をコップに注ぎながら「それはいい考えだ。」と言った。

 そしてワイワイ言いながら丘をを下り2次会でいつものスナックへ行き私は隣に座ったママに聞いたのである。
「ねぇ、鳥海山登ったことある。?」 ママは答えた。
「あるわよ。五合目まで」 ママも私と同様、車で上ったわけである。
 鳥海山にはブルーラインという道路が通っており五合目まで右に左に曲がりながら登っていくのだ。
私はほら見ろととなりの同僚を見ながらさらに言う。
「今度みんなで頂上まで登る会を作るらしいけど行かない?」 答えは想像したとおりだった。
「車で行けるとこまでしか私は行かないのよ」とつっけんどんに言われた。
そりゃそうだ。厚底の靴ははいても登山靴は履かないだろう。ウォーキングシューズも履いたことがないかもしれない。 つまり私と同じ種類の人間だったのである。私は犬の散歩で裏山にはよく行くのでウォーキングシューズは持っているのだが。

 登山には興味がないのだが20年ほど前の秋に長野の上高地にオートバイで行った時、梓川に沿い標高が上がるに連れ景色が野山から山岳に変わり穂高連峰を見たときは感激した。山々が圧倒的な存在感で地表を見下すようにそびえ立っている。
今思うと不思議な事だが私にはその頂上が手を伸ばせば届く所にあるように見えた。それは穂高ではなかったような気もする。焼岳だったのかもしれないが古い記憶の中では確証がない。
しかし急峻なその山は登って来て見ろ!といった感じの不敵さがあった。時刻は太陽が傾きかけておりそれから安房峠を越えて高山に抜ける予定だったのだが私はしばし連れと見とれていた。

 山を見上げながらこれなのかもしれないなとマロリーの言葉を考えていた。 英国の登山家のマロリーは1920年代にエベレストで消息を絶ったが、何故エベレストに登るのか?の問いにこう答えた。
「Because it's there」 (そこにあるからー山が)明解な真理だと思う。私には登れるわけはないのだが、挑戦的な山を見ているうちにほんの少し登山家の気持ちは理解できるのである。

 毎年冬山登山で遭難者が出ると何で冬の山になんか行くのだと思う人がいる。
でも「Because it's there」なのだろう。山は堂々と人間を挑発しているのかもしれぬ。それとも呼んでいるのか。

 なんでスナックに行くの?「Because it's there」 そして付け加えるならば「Because beautiful gal in」 そういう人は登山が好きな人が多くいるのと同じくらいいるのではないだろうかと私は飯島愛に似たマキちゃんからビールを注いでもらいながら思った。
S君は2次会にこなかったが登山に備えて早寝をしたのかもしれない。

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