初盆(H12・9/23)

 夜遅く電話が鳴った。妻は病院に泊まり込んでいる。
何かあったなと飛び起きて電話に出ると「先生が来てくれって」との妻のうわずった声。

 いつかはと思っていてもこんなに早くとは。コートを着て外に出ると白いものがふわふわ落ちている。本格的な雪だった。
義父は人工呼吸器で息をしている。正月の二日に妻の実家で飲んだ時大晦日の日に具合が悪くなり救急に行ったと話していた。

 その後入院し休憩室で煙草を吸っていたら大動脈瑠が破裂したのだ。 いくらか持ち直し意識もあったのだが危篤になったのは入院して5日目だった。
破裂したときに医師から覚悟をしておいてくださいということは言われていたのだが あまりに早い。 時計は午前1時を回っている。
 呼吸器は親戚が集まるまでつけられていた。 それは助かるための呼吸器ではなく死に目に会わせるための装置なのだった。
ある程度そろった頃「いいですか」と聞かれ 医師の手で呼吸器がはずされ時間が確認される。 そしていろいろな管が体からはずされた。

 医師も看護婦も何人もの死を見てきているのだろう。淡々とした風に見えた。 苦しみぬいての死ではないのだということが私を少しは冷静にさせる。
 「とうさん、起きて、寝ないで!」妻が義父の額を指で押しながらなんども言う。 確かにただ眠っているようにしか見えなかった。 腕にふれると温かい。ほんとに死んだのだろうか。なんどか言った後泣き出した妻の肩に手をおくらいしか私にはできなかった。

  義父は相当具合がわるかったのだろう。
 「もう生きていなくてもいいや」正月の二日に少し投げやりにそう言った。私は気を使いながらビールをコップに注いだ。 義父は若いときに腎臓を一つ取っている。その後も何度か倒れ救急車の世話にもなった。
妻と結婚してから10年あまりたつが盆と正月には実家に一日だけだが泊まりに行く。あまり酒を飲んではいけないと聞いていたので気を使いながらビールを注いでいた。

 
 あれは春先だった。確か桜の咲く前だ。 私は両親と3人で妻の実家を訪ねた。 妻を嫁にもらいに行ったのだ。 他人の私道を通らなければ行けない小さな家だった。20坪もあるだろうか。 あらかじめ妻が話しておくから大丈夫と言っていたのだが 私はすぐにはうんと言わないのではないかと内心思っていた。

  しかしいつまで経っても結婚しない娘が嫁に行くつもりだと安心したのか義父はすぐに私に「今すぐおぶって連れってってくれ」と言ったのだ。
私たちはその一言で打ち解け結納の予定までひととおり話した。 それではと言うことになり帰ろうとしたとき義父が言った。
 「あんた、もし俺がだめだと言ったらどうした?」
  「それはもう何回でもくるつもりでした」と言うと足が痛いのか 膝を伸ばしながら笑っている。
たぶん調子のいい奴だと思ったはずである。

  帰り道母が私に言った。「いい人でよかったな。嫁は台所の隅からもらうものだ」
立派な家から嫁をもらったら格式が違ってうまくいかないものだと 母は思っていたのだろう。10人以上も兄弟がいる中で苦労して育った母の それが人生観なのかもしれない。
 義母も後で妻に私の母が自分と同じで小さい人でよかったと言ったそうだ。もらう家、あげる家と言ったら言い方はよくないかもしれないがそれぞれあまりかけ離れていなくてよかったと思ったらしい。

 
 カツンカツンと石の音が響く。
「もうおじいちゃんと会えないんだよ」誰かが言い長女に石をもたせ 棺桶の釘を打たせた。つい一週間前には娘と普通に話していたのに あっけないと言うか不思議な感じがする。
 「もう会えないよ。遠くに行っちゃうんだよ」と誰かがなんども言うので 長女はついに泣き出してしまった。

  葬儀が終わり義母が言った。
「じっちゃんが正月に後は頼むからなと言ってたな」
何度も私に言う義母には悪いが私には記憶がない。
義父は女遊びはしなかったようだが酒や賭事は昔から好きだったらしい。 麻雀の場所やパチンコ店に小さい頃よく連れて行かれたと妻が言う。
 
 最初に女の子供が生まれすぐに死んでしまったとき三日も葬式を出さずそばに寝ていたそうだ。
その後妻が生まれたが妻の名前は最初に生まれた子供と名前が一字違いである。
一度も父に怒られたことがないと妻が言うがそれはほんとだろう。
結婚してから見ていても義父は妻には甘かった。

 私は今は賭事をしないしあまり深酒もしないようにしているが 以前は「なんで舅に似たんだろ」と言われていたらしい。
母と娘二人でまさかさめざめ泣いたりはしなかったろうが。

今思うと一度くらいは義父と麻雀くらいはしてもよかったかなと思うことがある。
最も義父のはアルシアール麻雀で数え方が違うのだが。

 似ているのなら七十歳までは生きられるなと思い焼香した。
今年の盆はビールを注ぐ相手がいない初盆だった。

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