坂道の向こう H11・1/22

 
 坂道を上った向こうにはいつも海が見える気がしていた。トンネルを抜けるとそこは雪国だったという小説があるが私は夏になり青い空の風景の中でいつも坂道を見つけるとそれが住宅街であっても海が見えるのではないかと坂道を上りたくなってしまう時があった。                          

夏の熱い風が道路をさらう中、麦藁帽子をかぶった子供が浮き輪を抱え坂道を上っていく景色を思い浮かべる。それは自分の原体験なのかそれとも私の想像の世界の事なのか今では分からない。

だが私の記憶の中の風景に残る光景は鮮やかだ。その訳は分からないがただ小さいときによく行っていた海水浴場に行く途中坂道があったことを覚えている
もしかしたら、残像として心の風景にいつまでも残っているのかもしれない。

 仕事で神奈川の逗子から茅ヶ崎の方へと車で走るときがあるが秋田で見る日本海より気持ちが和むのはその景観の美しさと、20歳の頃この辺に時々遊びに来ていた事を思い出すからである。
                   
 
 湘南の海岸はきれいだ。観光地のせいだろうか砂浜にはゴミが見えない。老夫婦が散歩をしていたり恋人同士が肩を寄せ合い座っていたりする。若い恋人たちは何を話しているのだろうか。車を走らせながら、会話のなくなった時はどうするのだろうなどと余計な事を考える。                           
 その女と一度だけ海に来たのは20年近く
前の夏も終わりの頃だ。曇り空の中松林にオートバイを止め海に入った。浜はきれいだが海水は汚れて泥水の様だった。波も少し荒い

「東京の人たちはこの海が汚れて海水浴に適さないなどと言われたら困るだろうなぁ、こんな海でも、」そんな会話を女としたような気がする。

 帰りに女が着替える時になってバスタオルを体に巻き始め私は周りに人がこないかどうか見ていたのだがもう少しで終わりというときに、老人が犬を散歩させながら近づいてきて女があわててジーンズを穿いたのが可笑しかった。
                          

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