(bar-1)ゼッケン H11・3/22
「都知事選に7名の候補と言ってるけど、昔のダービーだと24頭出走できたんだぜ。 今じゃ18頭らしいが、馬連なんてなかったし、ダービーの出走前になると誰もトイレに行かなくなるんだ。ウンを落としたくないってな。寺山に都知事選の予想をさせたら誰を本命にすると思う。」 松が言った。 「障害レースみたいに頭数が少ないね。いずれもっと増えるだろうけど」丈治がグラスにグイとビール瓶を垂直に立てて注ぐ。グラスから泡が立ち上りこぼれそうになるのだが、すんでのところで止まった。 グラスの方がわずかにスタイニー瓶より器が大きいからだが初めての客はいきなり垂直に瓶が立てられるのを見るとたいがいびっくりする。 泡に口をつけ一気に飲み干すと松は丈治がローストビーフを卵をといたのにまぶすのを見ながら言った。 「賭けないか?誰が勝つか。単枠指定だったミスターシービーとシンボリルドルフの時みたいな大本命みたいな奴はいない。連複でいいことにしてさ。あのレース1点予想した記者が書いた記事覚えてるだろ。 ・・・・ 宇宙の果てまで行ってもこれしかない!笑うよな。競馬に絶対はないって言ってた予想屋がだぜ! 逃げ道を自分で塞いじまって、それまで5点も6点も予想してたのにな。やめちまうかと思ったら絶対があるレースを見誤っただけだとさ。」 丈治は黙ったまま卵にまぶしたローストビーフを松の前においた。 松は美容院を経営している。店で女の客の胃の後ろまでも長い髪をカットしながら思う。いい髪だ。ワタリみたいに編めるぞ。 (注−ワタリ・馬のたてがみをリボンやテープで編むこと) |
これは黒鹿毛(黒い髪)、この女子高生は栗毛だ。(ただの茶髪)このおばさんは芦毛か、(白髪が多い)いずれ真っ白になるぞ。待ってる客は青毛か(青く染めて虹みたいだ)。 松は細い女の様な手で様々な女の髪を梳きながら目をつむり馬の名前を思い出す。・・クライムカイザー。グリーングラス・・いい名前だった。 ・・・・・・・・・・・・ 「じょうちゃん、バクダンくれ。」 丈治は少し大きめのウイスキーグラスの真ん中にある中指くらいの小さなグラスにオールドパーーを注ぎその回りにビールを今度はやや斜めにゆっくり注ぐ。 飲むときに傾けるとカチャと小さなグラスが大きなグラスの縁に触れ口元でビールと一緒に飲み込まれる。松は続けて2杯飲み、唐突に言った。 「じょうちゃん。英雄のいない時代は不幸だ。でも英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。と言ったのは寺山か?生きてたら誰を本命にするだろうな?」 「・・言ったのは違うと思うよ、でも予想をさせるんだったら出走者にゼッケンをつけてもらわないとな。」 「ハハハ。」小さなバーで壁に映った影絵の様な二人の口元がゆるんだ。 「レースはただ、馬の群走にすぎないがその勝敗を決めるナンバーは、思想に匹敵する。」・・寺山修司 3・・・・4・1・5・・・・・・・・7 bar−2へ |